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ゲームと好きなものを語る気まぐれブログ
三国8、エンパ、さんむそアプリと無双絡みのゲームはあらかた網羅した私ですが、どのソフトでも欠かせないのは、やっぱり大好きな推しキャラ・于禁将軍の存在です。彼が居ないとモチベーションも上がらないし、今や過去のシリーズには戻れない勢い。そんな于禁様ですが、小説や漫画の中では結構散々な描き方をされているのが悲しい…。なので、今回は史実上の将軍像を念頭に置きつつ、彼のことを語ってみたいと思います。

※想い入れれが強いので思いっきり長文ですがご容赦を。

元々は打倒董卓の号令の元、鮑信様に仕えて頭角を表した于禁様。字はご存知、文則。彼の名を聞くと大概の人は「ああ、樊城で負けて投降したあの人ね」という認識でしょう。しかし、それまでの于禁様は数々の功績を上げ、魏を勝利に導いて来た立役者の一人です。ゲームでも「常勝将軍」の肩書を貰っている通り、樊城に至るまでは負け知らず。呂布を生け捕りにしたのも、官渡で一歩も引かず守り抜いたのも于禁様のお手柄です。出世を重ね、魏の左将軍にまで上り詰めた凄い人なんです。関羽が軍神と言われていますが、もし樊城の悲劇が無かったら、于禁様だって今頃同じくらい崇められていたかもしれない。

有名なエピソードの一つが夏侯惇配下の青洲兵鎮圧ですが、嬉しいことに先日見たドラマでちゃんとその場面が描かれていました。冷静沈着で戦に私情を挟まない厳粛な性格。曹操様に従わなかった旧友を、涙ながらに処断したエピソードも有名ですね。その話だけを取り上げて「冷酷」と誹る人もいるでしょうが、私はそうは思わないです。旧友は何度も曹操様を裏切ったわけだし、于禁様だって友を惜しんで泣きながらの決断だった。涙と言えば、呉に連れて行かれた後、故郷の音楽に涙した、というエピソードも残っています。どちらの涙にも人間らしい情を感じませんか?于禁様だって血も涙もある人間だったんです。

彼が自他共にとりわけ厳しかったのは、全て曹操様の理想を叶えるという志のため。臣下として正しいことをしようとしただけだし、于禁様ご自身も厳しく育てられてきた故でしょう。ひょっとすると、手の抜けない自分の性格に悩んだこともあったかもしれない。ルールを曲げられない己の性分に疲れたことや、辛くなることもあったかもしれない。とは言え、部下や領民に厳しかったのは彼だけじゃなく、あの当時なら良くあったことでしょうし、張飛みたいに自分の部下を虐待していた武将だって居ます。彼はお酒のせいだけどね。

たった一つの失敗のために、後世まで後ろ指さされるほど彼は間違った生き方をしたのか?答は否だと思います。私が思うに、于禁様は単に運が悪かった、そしてタイミングが悪かっただけ。樊城だって関羽に負けたわけじゃない。豪雨と洪水で進退窮まった末の英断だったわけで、ゲームのEDみたいに内側から関羽を破滅させる考えがあったのかもしれません。それに、彼は自分の旗下3万もの兵士の命を救った。これって実は凄いことじゃないですか?龐徳は降ろうとした部下を斬り殺していますが、于禁様はきっと部下を助けたかったんでしょう。普段どんなに厳しくしていても、自分を信じて仕えてくれる部下を、本当は誰よりも大切にしていた。だから自分の地位も名誉も3万人の兵たちの為に捨てたのだと、私はそう思っています。彼らを無事に家に、家族の元に帰らせたい。その為に全てを犠牲にしたんじゃないでしょうか。命を投げ打つのが龐徳の正義なら、命を救うのが于禁様の正義。そのどちらも正しかった。

当時は命を捨てることが忠節の証、と言った考え方がありましたし、公的に殺人が許されていた今では考えられない時代です。だから命を差し出さなかった于禁様は不忠者と誹られ、無様な終焉を描かれたりしてますが、それは彼の選んだ道に賛同出来なかった者の脚色なはず。現代で考えれば、名誉をかなぐり捨てて3万人を救った行為は称賛に値するのではないでしょうか。命乞いしたとすれば、それは自分自身ではなく旗下の兵士の為。私はそう思います。少なくとも、私は于禁様に「貴方は立派でした」と言いたい。そして「間違っていなかった」とも。曹操様は彼の投降を嘆いたそうですが、もし生きて再会すれば理解してくれたんじゃないかな。

于禁様が魏に送り返されてからのエピソードは、何度見聞きしても本当に嫌な気分になります。故郷でまさかの仕打ち。もし曹操様の存命中に帰還していたら、また違った結果だったかも。命を賭して魏や曹操様を支えて来たのに、彼だけが列侯に封じられていないのも悲しい。曹操様の時代に戻って来られたら、もしかしたら列侯になれたかもしれないけど曹丕はどうにも于禁様がお気に召さなかったんでしょうね。その辺も運の悪い人だと思います。歴史とはどうやっても覆せないもの。于禁様が輝かしい未来を手に入れることは絶対に出来ない。それでも、どこかで救いの道があったかも…と考えたくなるのがファンとしての心理です。

報われない人だからこそ、私は彼が好きです。ゲームキャラとして好きになった人も多いでしょうが私はゲームに登場する前から于禁様が好きで、ずっとずっと登場を待ちわびて来ました。嬉しいことに、コーエーさんは彼の数々の経歴を世に知らしめてくれて、立派な武人としてキャラを確立してくれました。于禁様最大の失敗でさえ、とても肯定的に描いてくれました。あのEDを初めて見た時、嬉しくて涙が出た。1800年を経てようやく現代で功が報われたんです。裏切り者でも負け犬でも無く、輝かしい常勝将軍としての立ち位置を与えられたんです。もし、ゲームで少しでも于禁様に興味を持ってくれた人がいるなら、是非とも史実を知って欲しい。あの方がどれほど大きな実績を残し、どれほど偉大な人だったか。どれだけ魏を支えたか。

ここで少しだけ呉におられた頃のお話を。投降した関羽が呂蒙に討たれ、そのまま捕虜となり孫呉の領地に移ることになった于禁様。この辺も本当に運とタイミングの悪い人だと思う。でも、そこでちょっと救われるエピソードがあります。他でもない孫権が彼をとても丁重に扱い、客将扱いで大切にしたとの話が残っています。宴に呼んだり、共に遠乗りに誘ってくれたり…。孫権は于禁様の功績や強さを知っているでしょうから、戦力として欲しかったのかもしれない。が、そこは関羽と一緒で、于禁様は曹操様に心から忠誠を誓っていたから呉の将にはならなかった。それでも孫権が手厚く遇してくれたのだとしたら…束の間安らぎを得られたかもしれませんね。まぁ、そこで虞翻という災厄が降って湧くので、つくづく運のないお人だと思いますが…(^^;)だからね、虞翻大嫌いなんです。あいつ性格悪すぎて孫権様に嫌われて飛ばされてんだから。

故郷の音楽を聴き涙した于禁様…どんなに国や家族の元へ帰りたかったでしょうね。どこに居ても受けたであろう誹りと嘲りの声。屈辱と望郷の念を抱えながら何を思っていたのか。そして何よりあの方の性格を思うと、自分自身が一番許せなかったのかもしれませんね。ご本人もご家族も、後世の我々が想像も出来ないような辛酸を嘗めたことと思います。でも、遠い遠い時代の現代で彼を評価してくれる人もちゃんと居ます。そう…この私のように。ゲームに於ける于禁様は決してカリカチュアではなく、本当にあんな感じの人だったのかな、と思わせる人となりです。でも、私は彼が大好きです。心から于禁様を敬愛しています。どうかゲームを通じて少しでも、あの方の偉大さを知って貰えますように。


例え列侯に封じられなくても私にとって于禁様は永遠の英雄です。三国志に登場するどんな偉大な武人より彼を愛します。
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